新聞の報道によれば、定年退職したアジョシ(おじさん)の間で静かなブームになっているのは、「シルバー料理教室」だ。ソウルのある区が開催しているこの教室には36人のアジョシがおり、三ヶ月の間に週一回のスケジュールで、煮魚など簡単な手料理を習う。
韓国の男性は、日本人男性よりも「亭主関白」の印象を与えてきた。儒教の教えを重んじる社会では、孔子の「君子厨房に近寄らず」(君子遠庖廚)とおいう格言を知らない人はいない。私が知っている韓国人の家族では、ご主人様が食事を作るなんて聞いたことはない。
なぜ、アジョシはこんなに料理に夢中するか。聞けば、自分の手料理を家族に食べさせたい人もいれば、奥さんが病気もしくは死別したため、自炊ができないと困るという人もいて、理由はさまざま。
むかしも、奥さんが病気になるか、先に旅立たったことがあるだろう。なぜ、その時のおじさんたちはよく辛抱強く耐えたか。と韓国の友人に聞けば、その時代の社会は「男尊女卑」が徹底されていたので、大家族が集まる時、男たちは広間で、女は厨房で別々で食事をするのはルールだったという。男性は手料理をつくって家族に食べさせることはもちろん想像できない。「今の韓国社会は男女平等が進み、むしろかかあ天下になってきた。旦那さんは偉そうに振舞ったら、怒鳴られるかもしれないよ」と冗談半分で話してくれた。
とはいえ、文句なし「男女平等」が実現されたシンガポールでは、家事を手伝う男性がたくさんいるものの、家族のために料理を作る男性を一度も見たことがない。「シルバー料理教室」はたくさんあるが、生徒はおばさんばかり。
たとえ年寄りは、奥さんと死別しても、子供達はメイドを雇って父親の世話をするのは一般的な解決方法。そうすれば、シンガポールの男性は男女平等の社会にいても、「厨房に近寄らず」の「君子」の生活を楽しむことができる。
男性だけではない。働くお母さんが多いせいか、天候が暑いせいか、平日、料理をまったく作らず、ひたすら外食する家族が少なくない。フードコートやホッカーセンターなど屋台のようなところで夕食を食べると、四人家族はそれぞれ簡素なセットメニューを注文すれば、トータルで15シンガポールドル(約1000円)ぐらいで十分だし、ちょっと豪華なメニューを二三品注文しても、40ドル(2400円ぐらい)でお釣りがくる。自炊とあまり変わらない出費だとすれば、外食の方は断然、お得感がある。(ヘルシーかどうかは別の問題だが)。
シンガポールのホッカーセンター
シンガポールの国民的な料理ーー海南風チキンライス。ホッカーセンターではただ$3(200円)で食べられる。
日本人から見れば、こういう「手作り」をまったく無視するライフスタイルはおかしいかもしれない。実は、その外食文化はイギリス植民地時代の名残だそうだ。中国大陸やインドからきた労働者には単身者が大半を占め、一日中働いて自炊する余裕がもちろんなかった。外食産業はこういう背景の下で芽生え、安くておいしいものを作る「ホッカー」(屋台の経営者)は庶民の胃袋をまかなう主役になった。
そのお陰で、今のシンガポール人も手作りには拘らなず、「外食」を日常生活の一部として考える。男女問わず、「君子厨房に近寄らず」という孔子の教えを実践している。社交の場では、ホッカーセンターのグルメ情報交換(どこのホッカーセンターの、左か右から何軒目の某料理はうまい)は、お天気よりも万能のネダとして好まれる。ホッカーグルメの談義ができなければ、いくら料理上手であっても、シンガポール人とは親しくなれないんだ。



